20年を振り返る,わりとトリニータな日々

私生活も仕事もトリニータも2020年の全てを納めて12月31日。

この1年間、トリニータライフにお付き合い頂きありがとうございました。

今年はコロナ禍による感染予防対策が必須のシーズンでした。

これでサッカーが楽しめるのだろうかと不安もありましたが、終わってみれば制約はあったものの、まずまず楽しめたと思います。

トリニータライフは20周年を迎え、振り返りも書かせて頂きました。

今年も充実したblog生活を送れたと思いますし、ここにお越しいただける皆様に感謝申し上げます。

そして来年もよろしくお願いいたします!

皆様、どうぞ良い年をお迎えください!(≧▽≦)

2020年12月31日

20年を振り返る,わりとトリニータな日々

anniversary 20 years@12/4

おかげさまで本日をもちましてトリニータライフは20周年を迎えることが出来ました。

このサイトにお越しいただける皆様に感謝申し上げます。

既に「20年を振り返る」カテゴリで20年の振り返りを書かせて頂いており、本日は感謝の言葉しかありません。

少しだけトリニータライフのアクセス傾向をお知らせしますと以下の通りです。

都道府県別だと大分県の方が約50%、他県の方が約50%という比率になっています。(海外からもアクセスがありちょっとびっくりします)

昔からこの傾向が続いています。

また、ここ最近はスマホから閲覧される方が約50%、PCから閲覧される方が約50%の半々となっています。

スマホ全盛期ですから妥当と思います。

20年もあれば通信デバイス環境は様変わりしますし、今はSNSで情報を集める時代で、多分blogは時代遅れなのかも知れません。

それでもこのサイトにお越しいただける皆様には、感謝しかなくて、20年続けてこられた原動力であると思っています。

ありがとうございます。

最後に、20年間もトリニータが好きだからという理由だけで、好き勝手にアウェイに行ったり、グッズ買ったり、観戦を優先したりしても理解してくれた家族に感謝、感謝。

本当にありがとう。

 

20年を振り返る,わりとトリニータな日々

振り返り最後の年です!(≧▽≦)

もう皆様の記憶も新しいと思いますので適当に。(こらこら)

2019年はJ1昇格、年間34試合で12勝11敗11分(勝ち点47で9位との結果)。

このシーズンは第1節(アウェイ鹿島戦)が全てと言っても過言ではないと思います。

なにせプレーオフでJ1昇格した2013年シーズンはJ1でボロボロにされて全く通用しないという経験から、まさか今度もか、今度もか、今度もなのか・・・ぁああ。(妄想)

てな気分でシーズン入りしていますから、前年度アジア王者が相手の第1節に全てがかかっていました。

結果はご存じの通り大分スタイルを貫いて、県立カシマサッカースタジアムに座布団が舞い、金星をGet。

カタノサッカーJ1で通用する!

と、この試合で確信した瞬間に私の2019年シーズは終えました。(手を抜くな)

さてさて、トリライの方を振り返ると大分に戻って4年目。

どっぷりとホーム戦が中心で、アウェイ戦は浦和戦と鳥栖戦の2試合のみ。

1999年のJ2元年からトリニータ観戦を始めて、ホーム全試合観戦の皆勤賞を達成したのは実は2019年が初でした。(なんと20年かかった・・・)

家庭持ちの場合、シーズン期間中は家庭の事情とトリニータの試合が重なるもので、足を運べないときも多々ありました。(若い頃はお子ちゃまも小さかったですし)

また、大分にいない時期も長かったのでホーム皆勤賞は常にハードルでした。

2019年に至っては、何故か家庭の事情がトリニータ戦に絡まなかった。(正しくは調整できた)

この年はラグビーWCの関係から大分市陸の観戦も味わえて、初めてトリニータを生観戦した感動を思い浮かべることもできたシーズンでした。

ということで、記憶も新しいのでこれくらいにして、トリニータライフ開設後20年の振り返りも本日で終わりです。

長々とお付き合いありがとうございました。

あとは今週金曜日(12月4日)を待つのみ。

トリニータライフが満20歳となります。

 

20年を振り返る,わりとトリニータな日々

あと2年です!(≧▽≦)

ということで2018年はJ2復帰して2年目。

年間42試合で23勝12敗7分(勝ち点76で2位(J1昇格))との結果。

ここまで近い年だとあまり振り返ることはなくて、ご存じの通りリーグNo1の得点力(76得点)を誇り、攻撃的なチームだった。(ただし、失点も多い(51失点))

戦績を見ても12敗と負け数は多いものの、23勝はリーグNo1。

単に数字を見れば粗削りな面が多く、アウェイで甲府相手に6失点して負けてしまうこともあった。(このシーズンは甲府に合計10失点している)

伝家の宝刀「疑似カウンター」を醸成しているシーズンであり、片さんもこの2018年シーズンを守備的なチームにしたくなかった。J1に上がっても、ある程度保持できないと降格してしまうだろうから、我慢して勇気をもってトライさせ続けたと語っている。

さて、トリライの方ですが、大分に戻って3年目を迎えて落ち着きを見せており、あまり記憶に残るようなことがありません。(おいこら)

アウェイも近場の熊本へ足を運んだぐらいで、可もなく不可もなく的な過ごし方をしています。

6月終わりから7月にかけて5試合勝てない時期がありましたが、さほど愚痴ることもなく淡々と我慢、我慢・・・との様相。

おそら、いまおもえば、おそらくですが、シーズン中盤はまさか昇格するとは思っていなかったかも。

J1昇格しておきながらそれほど印象が薄いシーズンだったという感じ。

ただ、シーズン終盤になって自動昇格が見えてくるとそれなりに必死になっているようです。

blogも終盤にかけて活発化。

昇格を決めた最終節の山形戦は、DAZNの結果と他会場の結果を見届けて、焼肉を食べに行っています。

(2002年のJ1昇格時も焼肉で、焼肉はblogネタになるというnaka家伝説)

いやまあ、祝い事は焼肉が無難です。

 

20年を振り返る,わりとトリニータな日々

残り3年まで来ました!(≧▽≦)

ということで2017年はJ2復帰した年。

年間42試合で17勝12敗13分(勝ち点64で9位)との結果。

戦績が示すように引き分けが多くて勝ちきれない試合が多かったシーズンで、連敗は1度しかないが、引き分けが絡み5試合勝ち星から遠ざかったこともある。

課題は決定力不足といわれたが、17得点でチーム得点王となった後藤雄介は立派であった。(ごっちゃんエライ!連発の年)

さて、トリライの方は新年早々から酔っ払いだった様子で、naka家で恒例の書初め大会をこの年から大分(自宅)で迎えている→(その時のblog

順を追って、2月は高松大先生が大分市議会議員にぶっちぎりの票を獲得して当選したが、私自身もうっかり大先生に投票しちゃった記憶あり。

来年任期満了を迎えるが、市議は3,000票程度で当選できるのに13,653票も獲得しておきながら、高松大樹のMr.channel13@Youtubeのチャンネル登録数が5,000程度なのは頂けない。

シーズン開幕戦は近隣アウェイの福岡だったが仕事で行けなかった。

行けなかった腹癒せではないが、第2節(3月)のアウェイ東京V戦@味スタへ、わざわざ足を運んでおりまだ関東での用事が残っていた年だった。

その後はホーム戦を中心に過ごしていたが、身内での用事がいろいろとあり参戦できない試合も多々あったと記憶している。

2017年は私生活での変化が大きくてトリライの更新頻度が下がったが、その反動は翌年の2018年に出ている。

2018年10月1日から現在まで2年以上連続でトリライ更新中という状況。

そのうち止めようと思っているが、ついつい書いてしまう。

毎日お付き合い頂き御礼申し上げます。

 

20年を振り返る,わりとトリニータな日々

えっと「20年を振り返る」が連投で巻き巻きモードに突入しました。(無計画ですみません)

ということで2016年はJ3初参戦。

年間30試合で19勝7敗4分(勝ち点61でJ3優勝)との結果。

いまや全国区となったカタノサッカーの初年度だが、自陣からでもボールをつなぐ異質なポゼッションサッカーがJ3リーグでいきなり見れた訳ではありません。

リーグ開幕後3連勝で好スタートしたが10戦して5勝4敗1分と5月一杯までは苦労していました。

スタジアムで観戦していても自陣からつなぐというより間が悪いバックパスにしか見えず、観客席から「下げるな攻めろー」との罵声(厳しめの声援ともいう)が飛んでいたくらい。

カタノサッカーは一日にして成らず。

振り返るとシーズン前半は試行錯誤しながらボールポゼッション技術の向上に努め、後半は怒涛の5連勝をしてなんとかJ3優勝を決めた。(今の土台を作った時代です)

さて、2016年のトリライはまた転勤の年であります。(大分に戻った年)

2004年に単身赴任で神奈川県川崎市と横浜市に住み、2013年に2度目の川崎市住まい(今度は家族連れ)となった後、2016年3月末に神奈川県を離れることになる。

アウェイ生活であれど神奈川県は第二の故郷です。(しみじみと)

4月から大分に戻ってホーム生活となるが、当時のJ3はスカパーの放送が注目試合のみの放送でアウェイ戦が見れないという苦行に陥る。

ドームに来場するアウェイサポーターも極小で1999年のJ2元年を思い出させるほど。

大分へ戻ったこともあるが、結局この年はアウェイへ足を運んでおらず、ホーム戦のみで暮らすことになる。

この年のホーム戦で一番記憶にあるのは高松の引退試合(第29節@ホーム最終戦)。

スタジアムで高松を泣きながら見送った私だが、今は大分市政を案じている。

20年を振り返る,わりとトリニータな日々

2015年はJ2で年間42試合で8勝20敗14分(勝ち点38で21位)との結果。

J3自動降格の最下位は免れたものの入れ替え戦にまわり、町田を相手に2戦2敗してしまい痛恨のJ3陥落となった年。

開幕から2連敗したが、パスミスも多く連携が良くない状態が続き、第15節の敗戦で最下位に陥落、第16節でも敗戦し田坂監督が解任された。

後任監督もなかなか決まらず、代行をしていた柳田監督が指揮を取ることになるが、夏場の4連敗と勝負どころの終盤で4連敗してリーグ戦を終えてしまう。

こんな状態だったのでトリライの方もリーグ終盤から悪い意味で活性化。

第40節の横浜FC@ニッパツ、第41節の大宮@NACK5、入れ替え戦第1戦の町田スタジアムと関東での試合に生観戦するも全て敗戦。

なので愚痴る。

ニッパツでは雨に降られて愚痴る。

NACK5では狭いアウェイ席にすし詰めで愚痴る。

町田スタジアム(野津田)では行き道で愚痴る。(どこだよここ)

当初入れ替え戦第2戦はTV観戦の予定であったが、野津田の山奥でいてもたってもいられなくなり急遽翌週の大分への飛行機を確保した。

しかし大銀ドームでも痛恨の敗戦を目の当たりにしてしまう。

痛恨過ぎて愚痴る。

2015年は負け試合しか記憶にないほどで、トリニータライフで愚痴るようになったのはこの年からであると確信している。(そうか?)

ただ、J3陥落で落胆する選手を見ながらもう一度這い上がろうとの思いが沸き上がる。

そして、翌2016年にトリニータは飛躍の年を迎え、私は東京本社から大分への転勤命令が出て、また引っ越しかよーと愚痴ります。

(結局のところ愚痴るのよね)

 

20年を振り返る,わりとトリニータな日々

2014年はJ2に舞い戻り年間42試合で17勝13敗12分(勝ち点63で7位)との結果。

リーグ戦の最高順位は4位で終盤まで6位と粘っていたが第36節、37節で連敗して8位まで順位を落とす。

第38節、39節で連勝して再び6位に浮上したものの、第40節と最終節(42節)のホーム戦で負けてしまい7位で終わる。(昇格プレーオフを逃す)

2014年の特徴はアウェイで勝てなかったこと。

17勝のうちホームで13勝しているがアウェイは4勝しかしていない。

アウェイで勝った試合は福岡、愛媛、岐阜、讃岐の4試合で、当然ながら川崎在住の私は勝った試合を生で見ていない。

そんなシーズンでした。

さてさて、トリライの方を振り返れば停滞期と言って良いですし、生観戦した記憶は4月の湘南戦@BMWと5月の東京V@味スタと9月の横浜FC@ニッパツぐらい。

どの試合も勝てていないが、4月の湘南戦は0-4とボコられており落ち込んで帰宅した記憶があります。

また、5月の東京V戦では京王線が人身事故で調布駅から先に進めず、バスに乗ろうにも長蛇の列で渋々約30分ほど歩いて味スタまで行ったけど、勝てずじまい。

9月のニッパツもあまり良い記憶はなし。

兎に角、アウェイで勝てないシーズンはアウェイ暮らしの人に試練を与えます。

軽いアウェイの洗礼。

2014年はシーズンを通してアウェイ組には恩恵の無い年。

ただ、次の2015年に更なる試練が待ち受けているとは思いもしませんでした。

20年を振り返る,わりとトリニータな日々

2013年は久々のJ1リーグで年間34試合2勝24敗8分(勝ち点14で18位)との結果。

金銭面から戦力的に厳しいのは分かっていたが、わずか2勝しかできずに10月5日の第28節でJ2降格が確定してしまう。

とにかく失点が多かったイメージしか残っていなくて3点取っても4失点する始末。

シーズを通してみれば3月開幕してから初勝利は5月18日のアウェイ新潟戦。

2勝目は10月19日のアウェイ大宮戦で、結局ホームでは1勝もしていない。

J1の壁がこれほど高いのかと思い知らされたシーズンだった。

さて、トリライの方は、再開したのが前年末(12月4日)で、事実上2013年が再開本格化の年となりました。

ただ、初期のトリライとは少々異なっており、転勤して家族もいましたから「楽(らく)ログ」を残しました。

トリニータネタ以外で書いたものは「楽(らく)ログ」カテゴリに纏めるようにしたつもりでしたが、見返すと混在しており何が何だかの様相。

初期Ver.より適当になってしまっているのは否めません。

関東住まい(川崎在住)となり、関東近辺のアウェイスタジアムには足を運ぶようにしましたが、単身赴任だったトリライ初期Ver.のようにはネタ系に走れずじまい。

あまり無理せず日々書いて行くようになった年でもあります。

ということで、次回は2014年の振り返りになりますが、この2013年と次の2014年を停滞期と呼んでいます。(確かにそんな年だっなーと)

20年を振り返る,わりとトリニータな日々

2012年はJ2リーグ3年目で年間42試合21勝13敗8分(勝ち点71で6位)との結果。

この年に新設されたJ1昇格プレーオフ出場圏内である6位以内を目指して戦った年だが、クラブライセンス制度の問題でJリーグからの借入金 6 億円の内の残り 3 億円の返済するために「J1昇格支援金」を募った年でもある。

3億円のうち、1億円は県民・サポーターから集める計画が発表され、私も少々ご協力しました。

正直なところ発表された際には「さすがに県民・サポーターで1億円は無理でしょー!!」と思ったが杞憂に過ぎず、きっちり1億円超を出せるお金持ち県民であった。

何でも良いから人助けはしておくもので、J1昇格プレーオフでは決勝(国立)まで進みサッカーの女神は大分に微笑む。(女神に少々賄賂が流れたか)

という、絵にかいたような棚からぼたもちシーズンであった。

さて、肝心のトリライの方ですが、この年の6月26日に楽(らく)を閉鎖することになる。

7月1日付で三重県から東京への異動を命じられ、単身ではなく家族を率いての引っ越しだった事と会社生活も少々慌ただしくなることが想定されて、トリニータライフの再開は考えていなかった。(考える余裕はなかった)

案の定、6年ぶりの本社で日々の業務に忙殺されていたが、落ち着いた頃の通勤電車の中でJ1昇格プレーオフのPVが流れていた記憶がある。

確か、品川駅の駅ナカでも非公式煽りVがモニターから流れていた。(これ↓)

結局、仕事のため11月23日の国立に応援に行くことが出来ず、帰宅後にTV録画を見た。

J1昇格の喜びと共に長年続けていたブロガー虫が、むずむずと湧きおこり、トリニータライフの誕生日でもある12月4日にブログ再開することになる。

このサイトはトリニータライフ再開後から全てのログを残しており、興味があれば当時のログを参照ください。

ということで、満20才を迎える12月4日迄にあと7年分・・・

最後の追い込み中。